
音楽に合わせて走るだけで 個人の至適負荷で運動できる方法の開発
看護栄養学部 栄養健康学科 教授 飛奈 卓郎トビナ タクロウ
#運動療法 #生活習慣病
健康づくりには日常的な運動が非常に重要です。しかし運動が習慣化しにくい理由の一つに、自分の身体に「ちょうどよい」運動負荷を調整することの難しさがあります。運動負荷が強すぎると心臓への負担も大きく、弱すぎれば十分な効果が得られません。また、「きつい」と感じる運動は継続を妨げる要因にもなります。運動中に心拍数を確認しながら負荷を調整することもできますが、逐一心拍数を確認するのは煩雑であったり、心拍数を見逃したり、目標とする運動強度に合わせることが難しいという課題があります。運動する人が意識しなくても、自然に適切な運動強度が維持できたり、気づいたら目標とする運動時間に到達しているような支援方法が求められます。このような背景から、本研究では、音楽のテンポ(BPM: Beats Per Minute)を活用した、運動負荷のコントロールに着目し、安全かつ継続しやすい運動を実現するための技術の開発と、その有効性と応用について検証を行います。
- Q.1この研究テーマに着目されたきっかけを教えてください。
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この研究テーマに着目した一番の理由は、運動が習慣化しにくいという実態の解決法を提案したいという思いからです。一般的に音楽を聞きながら運動を行う人は多く、時間が短く感じられるなど、運動の心理的負担を軽減できるかもしれないと思ったのが、このテーマに着目したきっかけです。また、生活習慣病の改善は運動と食事の両方が柱になっていますが、食事の満足感もある程度は満たしつつ、運動で心臓の血管を鍛え、日々のエネルギー消費量を増加させることで、生活習慣病の改善に貢献したいとの思いもあります。そのため、私自身の専門分野でもある運動生理学を活かして、運動負荷を適切にコントロールすることで、より継続しやすく効果的な運動方法の実現を目指したいと考えるに至りました。
- Q.2生活習慣病において、運動はどのような効果をもたらすのでしょうか。
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生活習慣病は、エネルギー摂取量の過剰と身体活動不足を背景として発症する疾患で、高血圧、糖尿病や脂質異常症などが代表的です。これらの疾患は将来的に、心筋梗塞や脳卒中などのリスクを高めることが知られています。運動は血管機能や心機能を維持・向上させる有効な手段となっています。
また、これまでの研究により、糖尿病は骨格筋のエネルギー代謝の低下と深く関係する疾患であることが明らかになってきました。骨格筋は体内で糖を貯蔵・消費する役割を担っており、その機能が低下すると血糖値の調整が難しくなります。このため、食事制限だけに頼るのではなく、骨格筋を維持・活用する運動習慣を身につけることが、持続可能な予防・改善策として注目されています。特に、日本人を含む東アジア人は、インスリン分泌量が少ない傾向があることから、運動によって骨格筋の機能を高めることの重要性は高いと考えられます。
「安全に無理なく続けられる運動」をいかに実現するかが、これからの健康づくりの鍵となります。 - Q.3適切な運動負荷を維持できない要因は何だと考えますか?
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ジョギングを例にすると、自分では「楽なペース」だと思って走り出しても、必要以上に頑張りすぎてしまうことも少なくありません。「頑張るほど効果が高い」、「強い運動をした方が、爽快感が得られやすい」といった心理も、適切な強度を超えてしまう一因だと考えています。
運動強度が高すぎる人には自然とペースを抑え、運動強度が不足している人には、適切なペースまで上げられるように、音楽のテンポを活用して、ジョギングのペースを調整する仕組みの開発を目指しています。 - Q.4その課題を克服する手法として、どのような方法に着目されましたか?
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運動負荷をコントロールする一つの指標として、運動中の心拍数があります。生活習慣病の改善に「ちょうどいい」運動負荷となる心拍数の設定方法とされる次の式について検証を行ってきました。
「138-年齢÷2=心拍数(拍/分)」
本来、運動強度の設定には酸素摂取量や血液中の乳酸濃度など生理学的指標の測定が望まれますが、現場での運用では使いやすさも重要です。本研究では、日常の運動支援に活用できる「実装しやすい指標」として、上記の式を応用した負荷設定に取り組んでいます。
また、運動を継続すると体力の向上により、同じ運動強度でも心拍数が上がりにくくなるため、目標心拍数に合わせた運動強度の「微調整」が継続的に必要になります。そこで、音楽のテンポに合わせて歩行・走行することで、心拍数を目標範囲に近づけるアプローチに着目しました。今後は、測定データに基づく最適化やアプリ等の実装も視野に入れ、無理なく続けられる運動支援の実現を目指します。 - Q.5音楽のテンポの変化が、ジョギングの速度と体への負荷にどのように影響しますか?
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音楽テンポの変化が運動速度や運動強度に与える影響については、現在、基礎データの取得と検証を進めている段階です。これまでの結果から、テンポを早めることでジョギングの速度調整に影響を与える可能性があると示唆されています。今後はテンポと運動速度・心拍数の関係を定量化し、運動負荷を安全域に調整できる条件の明確化を目指します。
- Q.ジョギング時の足のテンポと身体への負荷が逆相関になることは、非常に面白い着眼ポイントですね。
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ジョギングでは速度とエネルギー消費量(身体への負荷)は直線関係にあります。また走行の足のテンポを早くすると速度を抑えることができて、身体への負担を軽減させることに繋がります。心拍数を見ながら走る速度を調整する方法もありますが、運動中の心拍数と目標心拍数を比較して、走るテンポに適切な音楽を自動で選択し走速度を調整することで、身体への負荷を調整できると考えています。
例えば、ジョギングをしている時の足のテンポが160BPMだとします。足のテンポは腕の動きや重力加速度で検出できるので、スマートウォッチやスマートフォンで測定できます。心拍数が目標値を超えていれば、音楽のテンポを少し早くして、それに足のテンポを合わせてジョギングをしてもらうと、走る速度を抑えて心拍数を下げることができると考えています。音楽に合わせてジョギングをしてもらうだけで、ちょうどいい強度で運動ができる。そのような運動の支援方法の提案を考えています。 - Q.7現時点での研究の進捗状況を教えてください。
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現在は、運動中に提示する音楽の条件(選曲、テンポ変化の幅など)が走りやすさ・継続性に与える影響を検証しています。
予備的な検証では、同じテンポ調整であっても「曲の好み」によって運動のしやすさが異なることや、ジョギング時に違和感が生じるテンポ調節の範囲が存在することが示唆されています。今後は、個人の嗜好に配慮しつつ、プレイリスト単位のテンポ調整など、自然で快適なテンポを最適化する設計を検討し、運動継続につながる運用モデルの確立を目指します。なお、実装にあたっては著作権対応も重要な論点となるため、関連知見を有する企業との共同研究を期待しています。 - Q.8研究テーマとの親和性が高いと感じる業界や、応用が期待できる分野はありますか?
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運動療法、医療、ヘルスケア領域(病院、健診機関、自治体の保健事業、リハビリ・健康増進施設)など、個別最適化された運動処方・運動支援を提供できる業界が想定されます。また、運動中に「会話(あるいは歌唱)が無理なくできるか」を目安にする運用(トークテスト)は、過度な運動負荷を避けるうえで有効です。音声・呼吸に関わる指標と組み合わせることで、運動強度の可視化や安全管理への応用も期待できます。
- Q.9最後に、この研究で最も伝えたい社会的意義や価値を教えてください。
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本研究が目指す価値は、運動強度を安全かつ効果的な範囲に保ちながら、無理なく継続できる運動の支援方法を社会に実装することです。音楽のテンポを生体指標と連動させ、安全で「ちょうどいい」運動負荷を自然に調整できる仕組み』これが実現できれば、手軽で低コストなジョギングを通じての人々の健康づくりを支え、医療費の抑制にも貢献できると考えています。